私達が人間を観察し、他者と交際して関係を持ち、相手を深く理解する時に、誰もが知りたいと思うのは人間の『人格(personality)』についてではないでしょうか。しかし、人格という言葉は、日常的な生活場面で頻繁に口にし、良く耳にするのですが、その人格と言う言葉の定義を考えるとなかなか難しいのです。
人格の一般的な用法として、道徳的に正しい行為をする傾向のある品行方正な人や他人の為に親身になって話を聞き、援助の手間を惜しまないような人柄が良い人を指して、『あの人は人格者で、信頼できるし、尊敬できる人だ。』といった使い方をしますが、心理学や精神医学の分野では、こういった道徳的な価値の判断を含んだ『自己を律する規律と他者を思いやる優しさを持った分別のある高潔な人』という意味合いが人格には含まれない事に注意する必要があります。
WHO(世界保健機関)の人格の定義は、『その個人の思考・感情・行動の根底にある持続的で一定したパターン』であり、精神医学の疾病分類マニュアルであるDSM-Ⅳの人格障害の項では、人格を『認知・感情・衝動・対人関係の領域にわたる持続的で一貫した傾向』といった内容の定義がなされています。
人格は、精神分析的に考えれば、精神の発達に応じて変化していくもので、力動的な構造を持つと考える事が出来ます。人格は、心理学や精神医学では一般的に『パーソナリティ』として呼びならわされているので、以降、パーソナリティという言葉を用います。
パーソナリティは、生まれながらの遺伝的要因と後天的な環境的要因の影響と、それらの相互作用によって個人の成長に合わせて、通常、発展的に適応的に形成されていきます。遺伝的な影響を強く受けているパーソナリティの素地となるものに『気質(temperament)』があり、気質を中心とする遺伝によって規定されるパーソナリティの部分は全体の約半分程度と言われています。残りの半分の大部分を環境的要因によって規定され、10~20%程は観察に付随する誤差であると考えられています。
人格は、『気質(temperament)・性格(character)・知能(intelligence)』の3要素によって構成されるモデルで考える事が出来ます。気質とは前記したように、遺伝的素因によって規定される基本的な感情や気分の傾向であり、生物学的な要素です。性格は、後天的に出来上がってくるもので、社会的・文化的な影響によって形成された『その個人を特徴づける一貫した行動の傾向や感情・態度の表現』のことです。知能は、先天的な才能や体質、後天的な学習や経験の相互的な影響によって形成されるもので、問題解決や事象の理解の基礎となる知的な能力の事です。
古代ギリシアの哲学者エンペドクレス(Empedokles)は、世界にある全ての物は『地・水・火・空気』から成り立つという四元説を提唱し、古代ギリシアの医師ヒポクラテス(Hippocrates)は、その四元説の流れを汲んで、人間の気質は体内にある4種類の体液の分量の比率によって規定されるとする四大体液気質説を考えました。
4種類の体液とは、『黒胆汁液・黄胆汁液・血液・粘液』であり、それぞれの割合が多くなると『黒胆汁液質・黄胆汁液質・多血質・粘液質』という気質になるとヒポクラテスは言います。黒胆汁液質はメランコリー気質とも呼ばれ、憂うつな気分になって、無気力になりやすい傾向があり、胆汁液質は短気で興奮しやすい気質です。そして、多血質が快活で陽気な気質で行動的な傾向があるとされ、粘液質は感情表現に乏しく、冷淡で冷静な思考をする気質だとされました。そういったギリシアの液体気質論などから発展的に考えると、気質(temperament)は4つのカテゴリーに分類できます。
第一に、『危険回避』のカテゴリーで、これは危険に対する感受性や警戒が強かったり、反対に危険に対して豪胆で活動的に危険を回避したりする気質が見られます。第二に、『未知への探究心』が挙げられ、新たな刺激や楽しみを探し求める気質で、十分な探究心があれば、人生に鬱屈したり、絶望したりする事がなく、好奇心を満たす為に旺盛な探究心を発揮する事になるでしょう。
次いで、『報酬欲求』の気質があり、金銭や物品等の何らかの利益を得る為に働いて、努力する傾向で、これが強すぎると打算的になり、低すぎると経済活動を中心とする社会的活動に関心が薄くなり無気力になりやすくなります。最後に『物事への執着心』のカテゴリーがあり、何か特定の人や物、出来事に強くこだわって、固執し、夢中になる気質を表します。これが強すぎると過剰に熱狂的だったり、偏愛的だったりします。
ここから、近代以降の心理学史の中で、多数の心理学者から提唱された色いろなパーソナリティ理論を見ていきたいと思います。19世紀末にハイマンズ(G.Heymans)とヴィアズマ(E.Wiersma)は、活動性の高低・情緒安定性・外界への感受性・内的な衝動などを基準とした『性格の分類』をしました。ヒポクラテスの4大体液説の影響を受けていると考えられる、ハイマンズらの性格分類には以下のようなものがありました。
近代的精神医学の基盤を疾病分類の観点から構築したエミール・クレペリン(E.Kraepelin)は、早発性痴呆(統合失調症、旧称精神分裂病)と躁鬱病という二大精神病の優れた研究を行い、1913年にそれらの精神病に関係した性格分類を発表しました。躁鬱病になりやすい病前性格として『軽躁・うつ状態・怒りやすい・情緒不安定』といった要素を持つ『循環気質(cyclothymic disposition)』、早発性痴呆になりやすい病前性格としての『自閉的気質(autistic temperament)』を考えました。それ以外にも、犯罪を犯しやすい性格類型や、衝動的で放縦な性格類型の研究をしていますが、基本的にクレペリンの性格研究は、何らかの精神障害になりやすい『病前性格』を対象にしたものと考えられます。
クレペリンの性格研究の中で、人格障害の嚆矢ともなった有名な性格類型が、反社会性と非道徳性・情性欠如を特徴とする精神病質として書かれた『サイコパス(psychopath)』です。クレペリンの考える精神病質というのは、精神病の前段階や通常の心理状態から精神病へと移行する途中の段階として考え出された性格分類であり、正常と異常という精神医学的な区分ではその中間領域に位置する性格や気質であると考えられます。
人格分類の研究で著名な研究者にクルト・シュナイダー(K.Schneider)という人がいます。人格障害を精神病への移行段階と捉えた上記のクレペリンや体格・性格と精神障害の関係を研究したクレッチマーとは違って、シュナイダーの考える人格の障害や性格の異常は、精神病に移行したり、精神病の近縁であったりするわけではありません。シュナイダーの研究手法も科学的というよりかは、内観的で哲学に親和性のある手法だと言えるでしょう。
シュナイダーの人格類型は以下の10種類で表されます。
体型・体質と性格との関係を実証的に研究した人に、エルンスト・クレッチマー(E.Kretschmer)がいます。クレッチマーは、統合失調症(精神分裂病)と躁鬱病の患者を観察して、実際の臨床場面を通した実証的研究から、4つの基本的な体型とその体型に見られやすい病前性格や性格特性を見つけ出していきました。クレッチマーは、『体質・気質・精神病質・精神病』を程度の違いはあれ、一貫性のある連続的なものであるという考え方を持っていました。
『肥満型』の体型・体質は、社交的で明るく、人付き合いが良くて接しやすい温かさを持つ反面、些細な事を深刻に考え込んでしまい落ち込んで憂うつになるという一面を持つ『循環気質』であり、『躁鬱病』になりやすい躁鬱病質になることもあるとしました。
『細長型』の体型・体質は、痩せていて神経質なため、外界の刺激や変化に対して過敏であったり、逆に外界に対して無関心で感情が鈍磨していたりもします。人付き合いに対しても消極的であまり親密な関係を好まず、行動面でもそれほど活動的ではなく、内向的な思索や奇異な趣味を好む傾向があります。細長型は、こういった特徴を持つ『分裂気質』があり、程度が甚だしくなると『分裂病質』になり、遂には精神分裂病になってしまうとクレッチマーは考えました。
『闘士型』の体型・体質は、筋肉質で鍛えられた体格で、引き締まった身体で、仕事や課題などを全力で精力的にこなし、物事を徹底的にやり遂げようとする粘り強さとこだわりを持つ『粘液気質』であり、病前性格としては『てんかん病質』で、てんかんに罹患しやすい体型であり気質とされましたが、この考え方は誤りであることが、現代の精神医学や脳科学の研究成果で明らかにされています。
『異形成型・未成熟型』というのは、上記のどれにも当て嵌まらない体型・体質であり、不安定な情緒や未熟な人格、風変わりな行動などを特徴とすると考えられました。
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