『枕草子』の現代語訳:87

清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

このウェブページでは、『枕草子』の『正月十余日のほど、空いと黒う、雲も厚く見えながら~』の部分の原文・現代語訳を紹介します。

参考文献
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

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[古文・原文]

139段

正月十余日のほど、空いと黒う、雲も厚く見えながら、さすがに日はけざやかにさし出でたるに、えせ者の家の荒畑(あらばたけ)といふものの、土うるはしうもなほからぬ、桃の木のわかだちて、いとしもとがちにさし出でたる、片つ方は、いと青く、いま片つ方は濃くつややかにて、蘇枋(すおう)の色なるが、日かげに見えたるを、いと細やかなる童(わらわ)の、狩衣(かりぎぬ)は、かけ破り(かけやり)などして、髪麗しきが登りたれば、ひきはこえたる男子(おのこ)、また、こはぎにて半靴(はんぐつ)はきたるなど、木のもとに立ちて、

「我に毬打(ぎちょう)切りて」など乞ふに、また、髮をかしげなる童の、袙(あこめ)ども綻びがちにて、袴(はかま)萎えたれど、よき袿(うちぎ)着たる、三、四人来て、「卯槌(うづち)の木のよからむ、切りておろせ。御前にも召す」など言ひて、おろしたれば、奪ひしらがひ取りて、さしあふぎて、「我に多く」など言ひたるこそ、をかしけれ。黒袴(くろばかま)着たる男の走り来て、乞ふに、「待て」など言へば、木のもとを引きゆるがすに、危ふがりて、猿のやうにかい付きてをめくも、をかし。梅などのなりたるをりも、さやうにぞするかし。

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[現代語訳]

139段

正月十日過ぎの頃、空はとても黒くて雲も厚く見えながら、さすがにその雲の切れ間から日は明るく差し込んでいるのに、身分の低い者の家の荒畑とか言われている、土がきちんと耕されていない所に、桃の木が若返って、新しい枝を沢山出しているのが、片側はとても青くて、もう方側は濃い色でつややかで蘇芳色をしたものが、日の光に照らされ見えているが、とてもほっそりした子供で、狩衣はひっかけて破れたりしているが、髪はきちんとした子がその木に登っているので、着物をたくし上げた男の子、ふくらはぎを出して半靴を履いた男の子などが、木の根元に立って、

「私に毬打(ぎちょう)を切って」などと頼んでいるが、また、髪の毛が美しい女の子で、袙(着物)は綻びがちで、袴もへたっているけれど、立派な袿を着ている子が、3~4人やってきて、「卯槌(うづち)を作る木の良いものを、切って落としてよ。ご主人様に差し上げるので」などと言って、上の子が木を下ろすと、奪い合って取り合いをして、上を見上げて、「私に木を多く下さい」などと言っている様子は面白い。黒袴を着た男が走ってきて、木をくれと願っているが、「待て」などと言うと、木の幹をゆさゆさ揺さぶるので、危なく思って、猿のように木にしがみついて喚いている姿も面白い。梅の実がなっている時期にも、このようにしている光景が見られる。

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[古文・原文]

140段

清げなるをのこの、双六(すごろく)を日一日打ちて、なほ飽かぬにや、短き燈台に火をともして、いと明うかかげて、敵の、賽(さい)を責めこひて、とみにも入れねば、筒(どう)を盤の上に立てて待つに、狩衣の領(くび)の顔にかかれば、片手して押し入れて、こはからぬ烏帽子(えぼし)ふりやりつ、「賽いみじく呪ふとも、打ちはづしてむや」と、心もとなげにうちまもりたるこそ、ほこりかに見ゆれ。

141段

碁(ご)をやむごとなき人の打つとて、紐うち解き、ないがしろなるけしきに拾ひ置くに、劣りたる人の、居ずまひもかしこまりたる気色にて、碁盤よりは少し遠くて、及びて、袖の下は、いま片手して控へなどして打ちゐたるも、をかし。

142段

恐ろしげなるもの

橡(つるばみ)のかさ。焼けたる所。水ふふき。菱。髪多かる男の、頭洗ひてほすほど。

143段

きよしと見ゆるもの

土器(かわらけ)。新しき鋺(かなまり)。畳にさす薦(こも)。水を物に入るる透影(すきかげ)。新しき細櫃(ほそびつ)。

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[現代語訳]

140段

綺麗な男が、すごろくを一日中打って、それでも飽きないのか、低い燈台に火をつけて、とても明るく灯芯をかき立てて、敵がこちらの賽に祈って責めていて、すぐに筒に入れないので、盤の上に空の筒を立てて待っているのだが、狩衣の襟が顔の邪魔になるので片手で押し込んで、垂れ下がる低い烏帽子の先を後ろに振りのけながら、「賽にそんなにお祈り(まじない)をかけても、外れの悪い目が出るわけではない」と、待ち遠しそうに相手の様子を見守っているのは、とても気負った姿に見える。

141段

碁を身分の高い人が打つといって、直衣の紐を解き、無造作な様子で碁石をあちこち置くのに対し、身分の低い人が、居ずまいもかしこまった感じで、碁盤から少し離れて及び腰で、袖の下をもう片方の手で押さえなどして打っているのも面白い。

142段

恐ろしげなもの

橡(つるばみ)のかさ。焼けた場所。水ふふき。菱。髪の多い男が、頭を洗って乾かしているところ。

143段

綺麗に見えるもの

土器(かわらけ)。新しい鋺(かなまり)。これから畳にする薦(こも)。水を何かに入れるときに出来る時に、光に透けて見える流れ。新しい細櫃(ほそびつ)。

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