『枕草子』の現代語訳:39

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清少納言(康保3年頃(966年頃)~万寿2年頃(1025年頃))が平安時代中期に書いた『枕草子(まくらのそうし)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載していきます。『枕草子』は中宮定子に仕えていた女房・清少納言が書いたとされる日本最古の女流随筆文学(エッセイ文学)で、清少納言の自然や生活、人間関係、文化様式に対する繊細で鋭い観察眼・発想力が反映された作品になっています。

『枕草子』は池田亀鑑(いけだきかん)の書いた『全講枕草子(1957年)』の解説書では、多種多様な物事の定義について記した“ものづくし”の『類聚章段(るいじゅうしょうだん)』、四季の自然や日常生活の事柄を観察して感想を記した『随想章段』、中宮定子と関係する宮廷社会の出来事を思い出して書いた『回想章段(日記章段)』の3つの部分に大きく分けられています。紫式部が『源氏物語』で書いた情緒的な深みのある『もののあはれ』の世界観に対し、清少納言は『枕草子』の中で明るい知性を活かして、『をかし』の美しい世界観を表現したと言われます。

参考文献
石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫)

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[古文・原文]

71段

懸想人(けそうびと)にて来たるは、言ふべきにもあらず、ただうちかたらふも、またさしもあらねどおのづから来などもする人の、簾(す)の内に人々あまたありてものなど言ふに、居入りてとみに帰りげもなきを、供なるをのこ、童など、とかくさしのぞき、けしき見るに、斧の柄も朽ちぬべきなめりと、いとむつかしかめれば、長やかにうちあくびて、みそかにと思ひて言ふらめど、「あなわびし。煩悩苦悩かな。夜は夜中になりぬらむかし」など言ひたる、いみじう心づきなし。かの言ふ者は、ともかくもおぼえず、このゐたる人こそ、をかしと見え聞えつることも失するやうにおぼゆれ。

また、さいと色に出でてはえ言はず、「あな」と高やかにうち言ひうめきたるも、「下行く水の」と、いとほし。立蔀(たてじとみ)、透垣(すいがい)などのもとにて「雨降りぬべし」など、聞えごつも、いとにくし。

いとよき人の御供人などは、さもなし。君たちなどのほどは、よろし。それより下れる際は、皆さやうにぞある。あまたあらむ中にも、心ばへ見てぞ、率て(ゐて)ありかまほしき。

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[現代語訳]

71段

思っている恋人として来た男は言うまでもないが、ただ打ち解けた仲がいい程度の人でも、あるいはそれほどではなくても、たまたま訪ねて来た人が、簾の内に女房が沢山いて話しているので、座り込んでしまってすぐには帰りそうにない。それを、男にお供してきた家来・童子が、どうなっているのかと顔を覗かせて様子を伺っているのだが、これでは斧の柄も腐ってしまいそうだ、簡単には帰れそうにないと思っていると、家来・童子は長々とあくびをして、密かにあくびをしたつもりで言うようなのだが、「あぁ、つらい。煩悩苦悩だな。夜ももう夜中になってしまった。」などと言っている。これは非常に不愉快である。こんなことを言う従者に対しては、何とも思わないのだが、(この従者の主人である)座っている男に対して、今まで素晴らしいと思って見たり聞いたりしてきた事も、消えて無くなってしまうように思われる。

また、それほどはっきりとは言わずに、「あぁあ」と甲高い声で言ってうめいたのも、歌にある「言はで思ふぞ言ふにまされる」という気持ちなのだろうと可哀想に思う。庭の立蔀(たてじとみ)や透垣(すいがい)などの所で、「雨が降ってくるぞ」などと、聞こえよがしに敢えて言うのも、とても憎たらしい。

特別身分の高い人にお仕えしている人などは、このような非礼な振る舞いはしない。名家の若君といった人々の従者は、良い。それより身分の低い者の従者は、みんなそのような問題がある。大勢いる家来の中でも、きちんとその者の性格を見極めた上で、お供に連れて行って欲しいものだ。

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[古文・原文]

72段

ありがたきもの

舅(しゅうと)に褒めらるる婿。また、姑に思はるる婦の君。毛のよく抜くる銀(しろかね)の毛抜き。主謗らぬ(そしらぬ)従者。

つゆの癖なき。かたち、心、有様すぐれ、世に経るほど、いささかの疵(きず)なき。同じ所に住む人の、かたみに恥ぢかはし、いささかの隙(ひま)なく用意したりと思ふが、つひに見えぬこそ、難けれ。

物語、集など書き写すに、本に墨つけぬ。よき草子などは、いみじう心して書けども、必ずこそきたなげになるめれ。

男、女をば言はじ、女どちも、契り(ちぎり)深くてかたらふ人の、末まで仲よきこと、難し。

[現代語訳]

72段

めったにないもの(珍しいもの)

舅に褒められる婿。また姑に思ってもらえる嫁。毛がよく抜ける銀の毛抜き。主人の悪口を言わない従者。

まったく欠点がない人。容姿・心・態度が優れていて、世間に交わってもまったく欠点を見せない人。同じ所に住んでいる人で、お互いに面と向かって顔を合わせず、少しの隙もなく相手に配慮しているような人はいない者だが、本当にこういった人は見つけにくい。

物語や歌集などを書き写す時に、元の本に墨を付けない人。価値のある本などは、非常に注意して書き写すのだけれど、必ずといっていいほど、元の本が墨で汚れてしまう。

男と女の関係については言うまでもない。女同士でもずっと仲良くしようと約束して付き合っている人でも、最後まで仲が良いということは殆どない。

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