『徒然草』の83段~85段の現代語訳

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兼好法師(吉田兼好)が鎌倉時代末期(14世紀前半)に書いた『徒然草(つれづれぐさ)』の古文と現代語訳(意訳)を掲載して、簡単な解説を付け加えていきます。吉田兼好の生没年は定かではなく、概ね弘安6年(1283年)頃~文和元年/正平7年(1352年)頃ではないかと諸文献から推測されています。

『徒然草』は日本文学を代表する随筆集(エッセイ)であり、さまざまなテーマについて兼好法師の自由闊達な思索・述懐・感慨が加えられています。万物は留まることなく移りゆくという仏教的な無常観を前提とした『隠者文学・隠棲文学』の一つとされています。『徒然草』の83段~85段が、このページによって解説されています。

参考文献
西尾実・安良岡康作『新訂 徒然草』(岩波文庫),『徒然草』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),三木紀人『徒然草 1~4』(講談社学術文庫)

[古文]

第83段:竹林院入道左大臣殿、太政大臣に上り給はんに、何の滞りかおはせんなれども、『珍しげなし。一上(いちのかみ)にて止みなん』とて、出家し給ひにけり。洞院左大臣殿(とういんのさだいじんどの)、この事を甘心し給ひて、相国の望みおはせざりけり。

『亢竜の悔あり』とかやいふこと侍るなり。月満ちては欠け、物盛りにしては衰ふ。万の事、先の詰まりたるは、破れに近き道なり。

[現代語訳]

竹林院入道左大臣の西園寺公衡(さいおんじ・きんひら)は、朝廷で太政大臣に出世しようと思えば何の支障もなかったが、『面白くも無い。左大臣の位でやめておこう』と言って、出家してしまわれた。洞院左大臣の藤原実泰(ふじわらのさねやす)が、この事を聞いていたく感心して、同じように太政大臣への出世の望みを捨ててしまわれた。

『天空まで上りきった竜に悔いあり(上りきった竜はそれ以上は上ることができない)』という格言もございます。満月は後は欠けるだけ、物事は盛りの時期を迎えれば後は衰える。すべての事柄は、行く先が詰まってしまえば、破綻に近づいているという道理でもある。

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[古文]

第84段:法顕三蔵の、天竺に渡りて、故郷の扇を見ては悲しび、病に臥しては漢の食を願ひ給ひける事を聞きて、『さばかりの人の、無下にこそ心弱き気色を人の国にて見え給ひけれ』と人の言ひしに、弘融僧都、『優に情ありける三蔵かな』と言ひたりしこそ、法師のやうにもあらず、心にくく覚えしか。

[現代語訳]

法顕三蔵はインド(天竺)に渡ったが、(ホームシックで)故郷の扇を見ては悲しみを感じ、病に臥せれば故郷の中国(漢)の食事を求めたということだ。その話を聞いて、『高僧の三蔵ともあろう人物が、外国でなんと無闇に気弱な態度を見せたものか(情けないことだ)』と人が言っていた。しかし、弘融僧都は『何とこころが優しくて情け深い三蔵であることよ』と感嘆したが、その様子はあまりに法師らしくない感じで奥ゆかしく思った。

[古文]

第85段:人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず。されども、おのづから、正直の人、などかなからん。己れすなほならねど、人の賢を見て羨むは、尋常なり。至りて愚かなる人は、たまたま賢なる人を見て、これを憎む。『大きなる利を得んがために、少しきの利を受けず、偽り飾りて名を立てんとす』と謗る。己れが心に違へるによりてこの嘲りをなすにて知りぬ、この人は、下愚の性移るべからず、偽りて小利をも辞すべからず、仮りにも賢を学ぶべからず。

狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。驥(き)を学ぶは驥の類ひ、舜を学ぶは舜の徒(ともがら)なり。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。

[現代語訳]

人の心は素直ではないから、自分を偽るということが無いわけではない。しかし、初めから正直な人なんてどこにいるだろうか(いや、どこにもいない)。自分は素直ではないから、他人の賢さを見て羨ましがるのは普通である。相当に愚かな人物は、賢い人物を見て、その賢さを逆恨みしてしまう。

『大きな利益を得ようとして、小さな利益を得ようとしない。嘘で自分を巧みに飾って名誉を得ようとする』と賢い人をけなしてしまう。自分の心と賢い人の心が違うので、こういった嘲りを言ってしまうのである。この人は、愚鈍な本性から離れることができない。相手を偽って、小さな利益を手に入れようとし、仮にも賢い人から学ぼうとはしない。

狂人の真似をして大通りを走れば、それは狂人そのものだ。悪人の真似と言って人を殺せば、悪人になる。一日に千里走る名馬に学べば、その馬は同じように一日千里を走る。聖王の舜を真似したら舜と同様の名君になるだろう。偽りでも賢さを真似したら、その人を賢と言うべきだろう。

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