双極性障害の社会的・経済的な損失(躁うつ病の社会負担の大きさ)

スポンサーリンク

双極性障害の日本と欧米の発症率の差・精神疾患の直接経費と間接経費

双極性障害の社会負担が増加しやすい理由・合併症と社会機能障害

双極性障害(躁うつ病)の特徴とうつ病との違い

双極性障害の日本と欧米の発症率の差・精神疾患の直接経費と間接経費

双極性障害 (bipolar disorder) は、躁状態 (躁病エピソード)うつ状態 (大うつ病エピソード) の二つの病相 (エピソード) が交互に出現する精神病ですが、日本における双極性障害の生涯有病率は欧米諸国に比べるとかなり低くなっています。

アメリカやスイスの研究所の双極性障害研究では、双極Ⅰ型障害の生涯有病率は約0.5%、双極Ⅱ型障害は約1.0%の水準になっていますが、2002年に行われた日本の厚生労働科学研究費補助金における疫学調査では双極Ⅰ型障害とⅡ型障害を合わせても直近12ヶ月の有病率は約0.1%、生涯有病率も約0.7%になっています。特に日本では双極Ⅱ型障害(軽躁状態を伴う双極性障害)の診断基準が十分に適用されていなかったこともあり、生涯有病率が約0.1%と実態と比べて相当に低い確率になっていました。

アメリカとEU先進国では、4日(あるいは1週間)よりも短い期間の軽躁エピソードの発症率も含めると、双極Ⅱ型障害の生涯有病率が“約5.0%”と高くなっていますが、日本もDSMの診断基準よりも短期間の軽躁エピソードを含めて診断すればほぼ同程度の生涯有病率になってくるのではないかと推測されています。日本における双極性障害の発症率の低さは、双極性障害の診断基準の普及の遅れや治療・臨床研究の不十分さの現れである可能性も高いのですが、これには2000年代初頭までの日本の精神医学会の双極性障害に対する『関心の低さ』も影響しています。

楽天AD

2002年の長崎市・岡山市・鹿児島県の二つの市の地域住民を対象にした大規模な疫学調査では、双極性障害の12ヶ月有病率は“約0.1%”と低くなっており、大うつ病性障害(単極性のうつ病)の“15分の1~30分の1”という低い水準に留まっていました。2000年代初頭までの日本では、双極性障害の発症率の低さや精神医学会の関心の低さなどから、双極性障害の増加による社会的・経済的な損失(社会負担)についての調査研究もほとんど積極的に行われてきませんでした。

WHO(世界保健機関)による疾病負担に関する研究では、世界の疾病問題で『双極性障害』は統合失調症、うつ病に続いて3番目に負担の大きい精神疾患(身体疾患と合わせた全体では6番目に負担の大きい疾患)として注目されています。アメリカの精神科医のR.J.ワイアット(R.J.Wyatt)I.ヘンター(I.Henter)の双極性障害の社会負担に関する研究(1991年)では、双極性障害の12ヶ月有病率の推計から、アメリカの双極性障害による社会負担は年間約450億ドルにも達するという驚くべき計算結果が出されています。

精神疾患による社会負担を考える場合には、『直接経費』『間接経費』に分けて考えます。米国の双極性障害による社会負担は年間約450億ドルですが、そのうち直接経費が70億ドル、間接経費が380億ドルになっていました。『直接経費』というのは、外来と入院の医療費、損害賠償訴訟など司法関係の費用、社会福祉・生活扶助(生活保護)の費用のことです。『間接経費』というのは、双極性障害という精神疾患がなければ得られたはずの生産性・労働賃金の損失のコスト(精神疾患によって失われた生産性・労働賃金の費用)のことです。

間接経費380億ドルの内訳は、双極性障害によって労働生産性が低下した賃金労働者で170億ドル、主婦主夫の家事従事者で30億ドル、入院患者で30億ドル、自殺によってその後の労働生産性がゼロになった自殺者で80億ドル、双極性障害のケアをする家族などの介護者で60億ドルとなっています。

C.E.ベグリー(C.E.Begley)らの社会負担研究(1998年)では、双極性障害の一定人口当たりの発症率を前提として、直接的な医療費とNCS(National Comorbidity Survey)疫学研究から得られた間接経費を合計すると、双極性障害の患者一人が生涯に負担する費用(社会福祉・医療保険などの公費負担や保険負担も含めて)は約240万ドルにも達すると推計されています。アメリカの双極性障害の社会負担研究では、いずれにしても一人当たり日本円に換算して約2億6千万円以上(1ドル110円換算)の社会負担がかかり、アメリカの国家全体では5兆円にも迫るような巨額の社会的損失が生まれていると推計されているわけです。

スポンサーリンク

双極性障害の社会負担が増加しやすい理由・合併症と社会機能障害

双極性障害の症状が深刻化しやすい理由のひとつとして、『うつ病(単極性障害)』『双極性障害(躁鬱病)』の鑑別診断の難しさがあります。双極性障害の『躁病相・軽躁病相』は、本人にとって苦痛ではないと感じる爽快で気力のあるエネルギッシュな心理体験になることも多く、そのために『病識』がなくなって『診療場面における主訴』として語られにくくなります。双極Ⅰ型障害の『躁病エピソード』の病識が出てくる時には、焦燥感や怒り、イライラ、注意散漫、飽きやすさなどの症状が目立っていて、表層的な意欲や活力が空回りして実際の生産性・効率性が低下しています。

特に双極Ⅱ型障害の『軽躁エピソード』は、そのままにしていても何とか社会生活を営めるレベルの軽度の躁状態(気分が高まってアイデアが湧きやすい意欲的・活動的になっている状態)で、一定の社会適応性や他者協調性も見られるので本人も周囲も医療関係者も、その気分の浮ついた高ぶりが病的な軽躁であることに気づきにくいのです。しかし、軽躁エピソードの後にやってくるうつ病エピソードの気分の落ち込みや感情の悪化には気づきやすいので、『うつ病相』に転相した時に精神科(心療内科)を受診して『単極性障害(うつ病)』と誤診されてしまうケース(本人の記憶から軽躁エピソードが抜け落ちていて語られないケース)も多くなると言われています。

双極性障害の入院患者48名を対象にしたS.N.ガエミ(S.N.Ghaemi)らの研究(1999年)では、約40%の人が単極性障害(うつ病)と誤診されたことがあることが明らかになっています。双極性障害を単極性障害(うつ病)と誤診することの問題と影響は、双極性障害の躁病エピソードに効果がある『気分安定薬(炭酸リチウムのリーマス)』を用いた治療ができないことであり、結果として医療費の直接経費が高くつくことになってしまうのです。炭酸リチウム(リーマス)による躁病・軽躁状態に対する治療を行わない場合には、症状の持続・悪化のリスクが高まったり、治療期間が長引いたりする可能性があるわけです。

双極性障害の病態の複雑さは『合併症(オーバーラップ)の多さ』にあり、約3割の双極性障害の患者が『アルコール依存症・薬物中毒』を発症しているという研究報告もあり、これらの物質依存症によって『混合状態・ラピッドサイクル(病相の急速交代)・治療抵抗性・薬物アドヒアランス低下・肝機能障害・自殺企図・症状の遷延化』などの副作用が起こりやすくなります。

楽天AD

双極性障害は『全般性不安障害・パニック障害・強迫性障害』とも合併しやすいことが知られており、これらの他の精神疾患とのオーバーラップがあると薬物療法の効き目が曖昧になりやすく、治療期間が長引きやすくなります。『摂食障害の過食行動』ともオーバーラップしやすく、双極性障害の患者は健常者と比較して『むちゃ食い障害』を発症するリスクが約3倍になっています。

双極性障害の人の約30~40%は、何らかの『パーソナリティー障害』を持っていることが多いという研究報告も行われています。感情の起伏が激しかったり自己中心性が強かったりする『境界性・自己愛性パーソナリティー障害』などがあると、双極性障害の治療プロセスにおける『治療関係の安定性・信頼感』が崩れやすく、治療期間が延長されて社会的コストも増大してしまいやすい。

児童期に見られることの多い『ADHD(注意欠如多動性障害)・ADD(注意欠如障害)・行為障害』とも合併しやすいのですが、双極性障害の躁病エピソードにある『観念奔逸(アイデアが次々に湧く)・衝動性・イライラ・焦燥感・多動多弁』はADHD・ADDの症状と混同されて誤診されやすいので一定の注意が必要とされています。また双極性障害は、一般的な身体疾患ともオーバーラップしやすいという特徴があり、精神科・心療内科だけではなく身体疾患の診療科との情報交換や治療的な連携が必要なケースもあります。

双極性障害は、人生でもっとも生産性や活動性が高まる時期であり、進学・就職・結婚・出産などの重要なライフイベントも連続的に起こってくる『青年期前期(10代後半~20代前半)』に好発しやすい精神疾患です。双極性障害の大きな問題として上げられるのは、職業活動や対人関係、自己評価などを妨害したり毀損したりする『社会機能障害』であり、特に気分・意欲・衝動が異常に高ぶって軽はずみな言動をしやすくなる『躁病相(manic phase)』において社会機能障害の弊害が目立ちやすくなります。

気分・感情や活動性が病的に亢進したり短気になってイライラすることで、対人関係のトラブルや職業上・仕事上の失態を引き起こしやすくなり、自分の社会的信用・評価が傷つけられるだけではなく、企業・家族・同僚などに迷惑や損失を与えてしまうこともあります。躁病エピソードが悪化して“衝動性・攻撃性”が強まってくると、『喧嘩・借金・窃盗・暴力犯罪・物質乱用』などの深刻なトラブルや不適応に至ってしまう恐れも強まります。軽躁状態では、気分・感情が高ぶっていつもより自信が強まることで、他人とのトラブルを引き起こしやすくなり、トラブルを起こした後でうつ病相に移行して自己嫌悪や自己非難に苦しめられることも少なくありません。

躁病エピソードがあることによって『安定した人間関係』を維持しづらくなり、周囲から人が離れやすくなるので、その結果として『不安感・孤立感』に苛まれたり、うつ病相の苦悩に対処するために摂食障害の過食をしたり薬物乱用へ逸脱したりといった問題も起こりやすくなります。安定した人間関係を維持しづらいという双極性障害の特徴は『離婚・転職の多さ』にもつながっていますが、強い孤独感や自己嫌悪、自己非難が重なってしまった時には希死念慮・自殺企図の可能性も出てきます。

上記したような『抑うつ・躁状態の気分変動』以外の『双極性障害の二次的障害』、多種多様な社会機能障害の原因になってしまいやすいのです。この二次的障害は、双極性障害の再適応的な社会復帰の難しさとも関係していますが、入院治療を受けていた双極性障害患者の退院後の追跡調査では、約30%の人が精神症状が緩和しても新たな仕事に就業することができないままになっていました。

アメリカのNCS-R(地域疫学研究)のR.M.Hirschfeldらの研究調査(2005年)では、双極性障害の患者は平均して『年間49.5日の生産日数の損失』が生じているとされ、この生産性損失はうつ病よりもかなり大きなものになっています。アメリカ全体の労働力と双極性障害の発症率で考えると、『年間約1億8000万日の生産日数の損失』という桁外れの社会負担が精神疾患の影響で生み出されている計算になり、それを給与換算すると『約259億ドルの損失』になるというのです。

これは飽くまでNCS-Rの調査研究に用いられた変数に基づく仮説的な計算に過ぎないものではありますが、実際の損失がここまで巨額ではないにしても、双極性障害を発症して改善しない(治療されない)ことによる社会全体の損失・負担は相当に莫大なものであることが分かります。

日本でも双極性障害による社会負担はかなり大きくなってきていると推測されますが、双極性障害も他の精神疾患と同じく医療費・社会福祉費の『直接経費』だけではなく、社会機能障害と合併症を中心にした『間接経費』が問題になります。これらの双極性障害の社会負担を軽減する方策はやはり『早期発見・早期治療』ですが、それと合わせて『本人の認知行動療法的なセルフコントロールの向上・社会機能障害への対応』『家族・同僚などへの心理教育』も重要なものになってくるでしょう。

スポンサーリンク
Copyright(C) 2016- Es Discovery All Rights Reserved